病理組織診断CAPITAL

退縮しない組織球腫!? - 持続性再発性組織球腫

犬の皮膚組織球腫について

犬の皮膚組織球腫(canine cutaneous histiocytoma)は犬の皮膚に発生する組織球由来の良性腫瘍として、一般的によく知られている腫瘍です。
臨床的な特徴として若齢の犬に多い、一般的に単発性のドーム状腫瘤を形成するなどが挙げられますが、臨床的挙動の最も重要な特徴に数週間~2ヶ月程度で退縮するという点があります。
これにはT細胞が重大な役割を果たしていると考えられ、実際に退縮傾向にある組織球腫では小型リンパ球の浸潤が多数認められ、腫瘍細胞は壊死もしくは減少しています。
組織所見としては、強い異型性を示さない組織球系腫瘍細胞が真皮~しばしば皮下表層にかけてシート状かつ浸潤性に増殖し、増殖期・退縮期の傾向に沿って種々の程度に小型リンパ球が浸潤しています。
また"top-heavy"と表現されるように真皮表層側において主に増殖する分布を示し、表皮に腫瘍細胞が浸潤するのも特徴です。これはランゲルハンス細胞という表皮に存在する組織球系細胞が由来であるための特徴と考えられます。

組織球腫中拡大像
組織球腫の中拡大像(×100)
組織球腫強拡大像
組織球腫の強拡大像(×400)

持続性再発性組織球腫

さて、皮膚組織球腫は長くても2ヶ月程度で退縮するのが重要な特徴と話しましたが、実はそうではないものも例外的に存在することが知られています。
それが持続性再発性組織球腫(persistent and recurrent cutaneous histiocytomas)と呼ばれる、特殊なタイプの皮膚組織球腫です。
このタイプの組織球腫は通常の組織球腫よりも退縮が遅い、あるいは退縮しないことが特徴です。また比較的再発や多発する傾向があるともされています。
またこの病変も基本的には良性とされていますが、例外として最終的にランゲルハンス細胞組織球症(langerhans cell histiocytosis)という悪性の病変に移行し内臓に病変を形成した症例が報告されています。
このように臨床的挙動が全く異なるにも関わらず、組織所見はほぼ同じという点が実に厄介なところです。

持続性再発性組織球腫中拡大像
持続性再発性組織球腫の中拡大像(×100)
持続性再発性組織球腫強拡大像
持続性再発性組織球腫の強拡大像(×400)

組織学的な鑑別点

組織球腫(通常)と持続性再発性組織球腫、組織所見がほぼ同じという事は即ち組織診断では鑑別困難であるという事を示しています。
一応、文献上に記載がある相違点としては"リンパ球の浸潤に乏しい代わりに形質細胞が浸潤することがある"、"しばしば(組織球腫に比べ)より皮下深部へ浸潤する"などの所見があります。実際にこのような所見が目立った症例も、少数ですが経験しております。
しかしながら「ことがある」「しばしば」と表現していることにご注目下さい。これらの所見は必ず認められるものではなく、しかもその判断基準は「一般的な組織球腫よりも」といったやや曖昧なものです。
様々な病変に言えることですが、全ての症例が画一的な組織像を示す訳ではありません。同じ病変でも症例によってある程度は所見の「幅」や「ブレ」が存在します。
もちろん組織球腫においても個々で違いがあり、(おそらく二次的に)形質細胞が浸潤しているものや普通より深めに浸潤しているものも稀ではありません。そのような中で「みられることがある」「より深い」といった基準では、よっぽど程度が違うものでない限り判断が難しいと言わざるを得ません。
そして私の経験上の印象ではありますが、長期間持続していた組織球腫でも上記の所見が明確なケースはむしろ少ないかな、と思うくらいです。

組織球腫底部中拡大像
組織球腫のリンパ球浸潤(×200)
持続性再発性組織球腫底部中拡大像
持続性再発性組織球腫のリンパ球浸潤(×200)

どうやって鑑別する?

では組織球腫と持続性再発性組織球腫をどうやって鑑別すれば良いのでしょうか?答えは単純で、明らかに違う点を比べて判断すれば良いのです。
そう、この二つでは臨床的挙動に明確な違いがあることは既に述べた通りであり、それが最も重要な鑑別点になります。ただ、これは逆に言えば「挙動の違いで区別するしかない」ということでもあります。
例えば既に長期間存在していた病変なら持続性と判断できますが、発見されて間もない病変の場合どっちなのか区別できないことになります。これが非常に厄介です。「組織球腫との診断結果だったけど再発した or 多発した。何かおかしいな」といった経験はありませんか?通常の組織球腫でもあり得なくはない事ですが、ひょっとしたら持続性再発性組織球腫だったのかも知れません。
現状では組織学的な鑑別が困難なため、挙動に差異が現れていない状況ではどっちであっても「皮膚組織球腫」との診断にならざるを得ません。またカテゴリー上、持続性再発性組織球腫も「犬の皮膚組織球腫」の一つのタイプですので、組織球腫との診断も間違いではありません。
ただこんな組織球腫もあると知っていれば、再発などのおかしな挙動を示した際に「もしかしてアレかな?」と考えられますので、知っておいて損はありません。
将来的には組織標本上でも明確に鑑別できる方法が確立されれば、病理医の立場としても凄く助かるところです。
組織球腫の退縮に重要な関係があるT細胞、もしかするとその機能に何らかの異常があるのか、あるいは腫瘍細胞がT細胞の攻撃を回避するような機構を持っているのかも知れませんね。そんな観点から持続性再発性組織球腫に特異的なマーカーが発見される…なんてこともあるかも知れません。

次の記事 »

Menu

病理組織診断CAPITAL

神奈川県相模原市中央区星が丘4-13-19ドミール星が丘B-103
TEL:042-707-7312
FAX:042-707-7385
e-mail:customer@be-capital.net
営業時間:午前9時~午後9時